出し映画缶 懐かしの1960年代 映画の玉手箱〜


movie theater 草月シネマテーク


草月シネマテークについて
ひとこと

 


1960年代終わりから「草月シネマテーク」の会場である「草月会館ホール」にはよく通った。

行く時は、地下鉄銀座線の「青山一丁目」から左手に東宮御所を見ながら歩いて行った。初夏の日の長い時の東京の夕暮れの風景が印象に残っている。帰りは「赤坂見附」に出て、行きつけの中華料理店で餃子とタンメンを肴にビールを飲みながら友人と今見た映画の比評をしたものだった。

「草月シネマテーク」は前衛的、実験的な映画を上映する反面、ヤクザ映画の上映等、時代の先端を行く活動をしていたと思う。その為どうしても政治的なイデオロギーに影響されるようになり、1969年のフィルム・アート・フェスティバルが杉並シネクラブの<草月フィルム・アート・フェスティバル粉砕実行委員会>の妨害により全面中止に至った。

その頃、映画上映後のディスカッションに出たところ、ほとんど映画の知識の無いような人たちがラディカルに我が物顔で映画を論じており、映画青年だった私はその場に違和感を感じるようになった。上記フィルム・アート・フェステバルの中止が、ひとつのきっかけとなって「草月シネマテーク」に足が遠のき始めた。